コレクション: 琉球の風を感じるやちむんのうつわ

画像は「【神谷窯】7寸皿 [13] - A」

やちむんは、ひと目でそれとわかる。沖縄の海の色、大地の色、森の色が大胆に描かれ、登り窯で重ねて焼くためにできる輪っか「蛇の目」も特徴的だ。陶土はもちろん、釉薬もほとんど沖縄の自然物からつくったものだと 「北窯」の松田米司さん。

やちむんの歴史は王国時代にさかのぼる。朝鮮人陶工から伝えられた焼物づくりは沖縄の風土に合い、1682年、王府が製陶産業の振興のために那覇の壺屋に窯を統合した。中国や薩摩、南方からの技術も合わさって独自に発展。柳宗悦らの民藝運動も後押しし、やちむんは全国に知られるようになる。

1970年代、壺屋で登り窯の使用が禁止されると、読谷村に新しい窯をという流れが起きた。当時、米司さんは、師である大嶺實清さんの首里にある石嶺窯まで、自宅があった読谷から通っていた。

「読谷は米軍の不発弾処理場でしたが、琉球文化を誇りに思う人たちが、ここに文化村をつくろうとしていた。爆弾の煙ではなく、焼物の煙を上げようと」。

1972年、のちに人間国宝となる金城次郎さんが壺屋から読谷へ。1980年には大嶺さんら陶工4名も読谷に移って共同登り窯を築き、やちむんの里が形成されていく。

- text: Yukie Masumoto photo: Chotaro Owan Discover Japan 2024年7月号より引用